このことは是非とも記録しておかなければならない。元原稿が失われたので2007年だったか2008年だったか定かでなくなったが、この年は異常に暖かい冬だった。春になって昼はいきなり真夏のようになり、夜は夜で冷え込んで昼夜の温度差が20度以上にも達した。さまざまな気候風土のもと世界を旅して歩いた友人から電話が入った。
〝まるで砂漠のようだね〟
はじめ熊ん蜂かと思った。前日に一匹、今日二匹。目つき、顔つき、体つきからしてそれは明らかに巨大なハエであった。
同日の午後、晴れたデッキで素足を机に投げ出して本を読んでいた。何かチクリとする感触に足先を見ると、甲にアブのような、しかしアブよりはひとまわり小さい黒いものが付いている。もしもアブならばチクリはもっと強烈なはずだ。午前に見たあの大きなハエとも別物だった。
よく見ると丸々と太った、顔付は全くハエであった。はち切れんばかりに太ったこんなハエはこれまで見たこともない。指先でつついたら、机の上にコロリところげ落ちた。足の甲には小さな吸い口が残った。丸々とした正体は、もう身動き出来ない程に血を吸い込んでいたのだった。紙に掬(すく)おうと指でつまんだら真っ赤な血が白い紙の上にパッと飛び散った。その感触は小さい頃にヒルをつぶしたあの時の感触にそっくりであった。
そのせいであったかどうかは判らない。夜、微熱が出て寝苦しかった。翌朝には何事も無かったように恢復したが、あの熊ん蜂のようなハエといい、人間の血を吸いに吸って動けなくなった吸血バエといい、何か不吉な時代の到来を予感させて不気味だった。
X-ファイルの映画のせいもあっただろうか・・・・・。