2017年6月5日月曜日

コラム 92  蝉(せみ)  

6月の太陽が昇ると、蝉が一斉に鳴き始める。まるで申し合わせたように。
その声はカジカのようでもあるし、聞きようによってはカエルのようにも聞こえる。

 蝉の一生は土中での地下生活が7年、地上に出てから一週間と言われているが、種類によっては土中生活が十数年に及ぶものもあり、地表に出てから交尾・産卵・死を迎えるまで34週間というのが実際のところのようだ。 


この辺のものが何という種類の蝉なのか私はよく知らない。鳴き声を聞いていると何種類か混じっているようだが、その代表格は写真に撮ったものだ。羽が透明でひぐらし(通称カナカナぜみ)に似ているが、体つきが一回りも二回りも小さいし、鳴き方も違う。勿論、油ぜみやにいにいぜみとも違う。
申し合わせたように、と言ったが、土中に居ながらどうしてそれが出来るのか不思議でならない。そんなことを言えば草木の芽吹きだって同じことだが、先発隊として地上に出て鳴くものあれば、土中深くにまで伝わる何かがあるのだろうか。

 蝉が鳴くのは野鳥にしばしば見られるように交尾相手を求めてのことと聞くが、私にはそれだけではないように思われる。長年土中で生きてきたのだ。それが日の目を見て地上に出てくる。一夜にして固い殻を破り、脱皮して縮んだ乳白色の羽を精一杯に広げる。こんな複雑な殻からよくも抜け出てくるものだとそれだけでも感心するが、暗く不自由な世界から自由に飛翔できるようになった喜びはいかばかりであろう。樹上でのあの声は長い地下生活から解き放たれた歓喜の声なのではないか。

 それにしても地上に出てからの解放の期間が数週間とは、いかにも短い。 
 命尽きかけた蝉が足元にポトリと落ちてきた。拾い上げて樹の幹に戻してやったが、自力で這い上がっていく力はもう残っていない。子孫を残し、彼ら自体はまもなく朽ち果ててゆく。
地上に出たことを彼らは今幸せなことだったと感じているだろうか。あの声は歓喜の声であったと同時に、悲しみの声であったかもしれない、とふと思われた。