2026年2月2日月曜日

 コラム455 <人間っていいなあと思う時> 


 

   美しい音楽に出会う時

   美しい器に出会う時

   心の美しい真実の人に出会う時


 こういう時私は人間に生まれてよかった、とつくづく思う。


   美を愛する人に出会う時

   人間であることを求め続けている人に出会う時


 私は人間であって、よかったと思う。


 それが最近そのような真っ当な人間に出合うことが極端に少なくなった。

 その点私は恵まれていた。


   心やさしき人々に多く出会った。

   人間であることの意味を深めている人々

   ひたむきに何かを求めて生きている人々にも

   多く出会った。

 

 私の人生に喜びと彩りを与えてくれた。小さいことでいい。私と出会った人に何がしか彩りを添えられる人間になってから、この世を去りたいものだ。


 





2026年1月26日月曜日

 コラム454 <貧乏であることと、貧乏臭いことと> 



 真に志なり、フィーリングが合って親しくなっていくのはとてもいいことだが、そんなことでもないのに親し気にふるまうのはかえって印象を悪くする。

 私はスタッフによく言う。


 〝貧乏はいいが、貧乏臭いのは住宅の設計者として不合格だ〟


と。豊かな住生活を求めての仕事人が、貧乏臭くてどうする。


 学生時代から私は仲間達によく言われたものだ。


 〝タカハシは金が無いのにいつも金のあるような顔をしているよ〟

と。


 別に意気がっていた訳ではない。自然にしてそうなのである。

 大学が新宿区神楽坂にあったから、バーなどにもちょくちょく行った。皆がサントリーレッド、よくて角やオールドを頼むのに、私はブランデーを頼んだ。どうも私の口にはウイスキーが合わず、ブランデーの方が馴染みよかったからだ。

 いまだにそうだが割り勘というのも性に合わない。どうしてか理由は判らない。こんなことがそのような印象を与えたのかもしれない。私はこう言われてきた自分を、今どう思うかと問われたらこう答えるだろう。


 〝それが私の住宅設計者としての最大の素質である〟


と。

 貧乏なんだから、貧乏臭くなるのは当たり前じゃないか、という人がいるが、それは違う。貧乏であることと貧乏臭いのとでは訳が違う。金持ちにだって貧乏臭いやつはいくらでもいる。それは金以外の豊かさを、内にどれだけ持っているかによっている、と私は思う。金が無いなら、その他の豊かさをいっぱい持とうよ!人の苦しみを思いやる心もそのひとつであるし、音楽への関心、美へのこだわり、古美術・骨董を含めたところの生活の器へのこだわり、灯りへの関心、精神や志まで含めたら豊かさの素は限りなくある。

 これからでも遅くはないよ。そのためにこそ生きているようなものだから・・・。








2026年1月19日月曜日

 コラム453 <朝の感謝の祈り(続き)> 



 医療関係の皆さん。

 「イムス三芳総合病院」の院長、猪野屋(いのや)先生、いしもと脳神経外科の石本先生、「鹿教湯病院」の一年目、主治医を担当してくださった大沢院長、二年目以降今日まで主治医を務めてくださっている瓦葺(かわらぶき)先生、そして懸命にリハビリに取り組んでくださったセラピストの須恵さん、西条さん、その他沢山の看護師さん達、それに地味な働きながら多面的に支えてくれた介護士さん達、ありがとうございました。鹿教湯病院の瓦葺先生は毎日病室を訪ねてくださり、色んな話をして医師と患者の関係を越えて、友人のようになりました。須恵さん、西条さんも同様です。雪の日も凍てつく凍結の日も、朝・昼・夜と三食を準備してくれた栄養科の皆さんありがとうございました。

 八ヶ岳の山小屋に滞在中は、数年前から「ライフクリニック蓼科」の麻植(おえ)先生にも世話をかけています。しっかり向き合ってくれて、人間味のあるお医者さん達に恵まれて、私は幸せ者です。

 姉は〝それはあなたがいい人だからよ〟と言ってくれますが、それは当たり前です!

 その点連れ合いの信ちんは手厳しい。〝調子はどう?〟と聞くからこちらは〝苦しい〟と言う。〝その苦しいって言葉、禁句にしたらどう?だって苦しいと言ったって苦しみが和らぐ訳でなし、まわりの聞かされる方も幸せな気分にならないわよ〟それもごもっとも。

 だから最近はこの苦しいという言葉は医療・介護関係者以外には極力使わないようにしています。辛さ・苦しさなんて人知れず皆持っているんだから・・・。だけど連れ合いとは気心知れて仲よしだから、大丈夫。


 そして何よりも住まい塾運動を下支えしてくれた沢山のユーザーの皆さん、個性的で、想い出深い人だけでも記し切れない程です。心からありがとうございました。楽しかった家造りの仲間達、賛助会及びそこに連なる数え切れない職人達、特に鍛鉄を中心とした造形家松岡信夫さん、庭づくりを担当してくれた東京の栗田さん・奈良の牧岡さん・大阪の住谷さん、ありがとうございました。

 最後に、倒れてから約半年間、体調が悪い中、懸命に看病してくれ、いいリハビリ病院をさがすのに奔走してくれた先妻敦子にも、また私の必要を察してポータブルオーディオとジャズCD、それに自分が練習に使っていたというムエタイボクシンググローブを持ってきてくれたヴェトナム在住の息子の漢にもありがとう、と言います。

 心優しき人々に幸いあれ・・・と祈りながら、ペンを置きます。  

 






2026年1月12日月曜日

 コラム452 <朝の感謝の祈り> ──世話をかけた仲間の皆さんへ──



 宇宙を司っている神さま、おはようございます。日々、守りと励ましをいただき、感謝しています。また今日も新しい命をお与え下さりありがとうございます。この丈夫な肉体と強き魂をお与え下さりありがとうございます。この命を支えるために、一刻も休まずに働いてくれている多くの内臓さん達、ありがとう。また頭脳さん、脳神経さん、脳出血で傷めた視床部さん、前頭葉、側頭葉、大脳、小脳さん、後頭部さん、後遺症として残ってしまった左半身のマヒ、それに伴う緊張、つっぱり、関節の痛み、苦しみ等の原因に通じている扁桃体さん、懸命にがんばってくれてありがとう。


 連れ合いの信ちんこと井出信子、時々ケンカしながらもわがままな私によく寄り添ってくれてありがとう。恵子姉、郁子姉、倒れた直後から沢山気遣ってくれてありがとう。皆の支えがなければ今日まで命をつなぐことは難しかったことでしょう。

 実のきょうだいのように育った本家の長女静子姉さん(イトコ)、その娘の有路百(もも)ちゃん(ハトコ)、沢山、沢山心配してくれてありがとう。教会仲間の内田薫君、令子ちゃん、愛を沢山届けてくれて、ありがとう。


 また、いつも励まし続けてくれたご先祖様、父さん、母さん、秀男兄、それに娘の葵、源吉おじいさん、源吉おじいさんから遡(さかのぼ)ること三代続いた仁左エ門おじいさん達、特に天井板にくっきりと姿を見せていつも見守ってくれた源吉おじいさん、ありがとうございました。皆共に居てくれてありがとうございました。

 別荘地にあっては馬場夫妻や吉井さん、養蜂家の石倉さん、何かにつけ大変お世話になりました。ありがとう。


 住まい塾スタッフの、特に東京本部の門田君、菅谷君、それに大学時代の三年後輩の古賀繁男君、学生時代からの親友、高田一(はじめ)君、独立して活動している横地君、沢山沢山、世話をかけました。大阪本部のスタッフも皆でわざわざ遠くまで見舞に来てくれてありがとう。ブログの継続を支えてくれた大阪本部の筒井さん、東京本部の山上君ありがとう。


 私の愛する山小屋を造ってくれた高木棟梁、私が山小屋滞在中には毎月のように訪ねてきてくれました。沢山沢山気使ってくれた久道棟梁、リハビリ病院に健康にいいという白神山地の水を、重いのに沢山届けてくれた渡辺左官さん、それに遠く奈良から揃って見舞に来てくれた巽(たつみ)棟梁とその弟子達(亀ちゃん、高橋君)に心から御礼を言います。ありがとう。


 森田先生はじめ茶の湯の仲間達もありがとうございました。3年で復帰すると誓った約束も果たせず、夢ばかり見ています。その道をもっと深めたかったのにごめんなさい。



 




2026年1月5日月曜日

 コラム451 <鹿教湯(かけゆ)病院での8回目の新年> 



 今年も病院で新年を迎えた。ベランダにうっすらと積もった白い雪の上にエナガだろうか、足跡が一直線に続いている。

 時々目の前を通り過ぎる時、その足の速さに驚く。その速さは歩いているのか、滑っているのか判らぬ程だ。リハビリ中の今の私とは対照的だ。


 あんなに速くなくてもいいから、もっとスムーズに歩けるようになりたいものだ。エナガ君、君はその足の速さだけで幸せ者だ。寒中、脳出血を起こしたりしないでよ。それで亡くなったりしたら〝イノチトリ〟って言われるよ。

 こんな私だって高校生の頃は陸上競技の国体選手だったんだ。お互い気をつけようね。






 


2025年12月29日月曜日

 コラム450 <うまいのにはやらぬ理由> 


 年越蕎麦の日を間近に控えて恐縮だが、つい先日まで新蕎麦の季節であったから、応援旁(かたがた)書いておく。あの蕎麦屋がうまい割にはやらぬ理由は


  店構え に

  面構え


何せ亭主の表情が暗いんだから・・・。あれじゃあ、うまい蕎麦もまずくなるってもんだ。

 いつだったか休業中の雰囲気だったから


  〝あの~、やってますか?〟


って聞いたら


  〝営業中って書いてあるだろう!〟だって・・・。


 どうせ風が吹きゃあひっくり返って〝準備中〟となる木札だ。帰りにひっくり返して帰ろうかと思ったが、気の毒だから止めておいた。








2025年12月22日月曜日

 コラム449 <強き善> 



 もうすぐクリスマスがやって来る。教会に通っていた頃の事や仲間のことを懐かしく思い出す。教会では仲間のことを〇〇兄弟、〇〇姉妹と呼び合う。神の元に皆兄弟・姉妹であるという意味なのだろう。


 その頃聞いた言葉に次のようなものがある。


  〝人がいいだけで天国へ行けるなら、天国は悪人にやられてしまうであろう〟


 一瞬どういうことかと思ったが、今ならよく判る。人と人がつながりを持つ時、どういう訳か良き人どうしがつながっていくよりも、悪しき人どうしがつながっていく力の方が勝っているのは昨今の世相を見れば理解できる。仏教で末世の時代と云い、キリスト教でも最後の審判の時というのはこういう時代を云うのであろうと思う。


 良き人というだけではいけない。そこに何がしかの強さが無ければ、良き人、良き事も悪しき人悪しき事にやられてしまう。


 上の言葉は、キリスト教会に通っていた40年程前に、ある指導者が語られた言葉のひとつである。今でも記憶しているというのは善も強き善でなければならない、と心底思ったからである。バブル期の殺伐(さつばつ)とした時代状況を通じて、〝悪にうち勝つ善を・・・〟と思わせられた。

 〝善は強いものだ〟と宗教上は教えるかもしれない。が、現実には悪に押しつぶされる善も数多くある。





 サタン(悪魔)は元は有能な天使(ルシフェルあるいはルシファー)だったことも忘れてはならない。あることをきっかけに神に逆らい、天から堕ちたのである。それ故、「堕天使」と呼ばれるのである。地上に悪がはびこるのは、そのせいであるかもしれない。