2024年4月15日月曜日

 コラム369 <差別用語①> 


 昔は「認知症」などとは言わなかった。「耄碌(モーロク)」。今でも私にはこの方がリアリティがある。「惚(ぼ)ける」とも言った。「ぼけ老人」。こちらも差別用語の対象になったものやら最近はあまり聞かない。言葉使いには気を付けなければならないが、差別とは心の状態と相俟って言うのであって言葉そのものに差別があるのではない。


 しばしばおかしいと思う時があるこの差別用語。新聞社はもとより出版社もTV局も神経を尖(とが)らせる。この手の事柄に対して抗議するのを趣味にしているような人までいて、NHKなどには即抗議の電話がかかってくる、と聞いた。どこでどんな人達が集まって決めたことやら。そんなことを言っていたら「聖書」など差別用語だらけになるではないか。「仏典」だって同様だ。本音を聞くと、〝私も同感だよ〟と云う人も多いが、それでもお国の決めたことだからと従っている。おかしなことだ。







2024年4月8日月曜日

 コラム368 <すっかりモーロクしております> 


 昔は認知症などとスマートな言葉は使わなかった。耄碌(モーロク)。育ちの上品な人は、モーロクしても上品だ。こういう人と出会うと、かつて住まい塾で家を造った元男爵の家のことを想い出す。

 ここの奥様はある日私にこう言うのだ。


  〝ワタクシ、人間ってどうなっているのか判らなくなりましたわ。

   あんなに上品だったおとなりの奥様が、最近私と顔を合わせると

  〝このバ・カ!〟なんて言うんでございますのよ。〟


だから私は冗談まじりに言った。


  〝モーロクする前に一度言いたかったんじゃないですか?〟


 以来私は人生に無理は禁物と思い定めた。相手が上品だからおとなりさんはそうざあますか式にさぞかし気を使って暮らしてきたに違いない、と思われたからである。


 自分らしく、無手勝流に、丸腰で、これが一番。無理して生きていくとモーロクした時が怖いぞ。


 




2024年4月1日月曜日

 コラム367 <天道虫(てんとうむし)> 


 入院先の病室で、寝不足が祟(たた)って机に向かっているうちに椅子からもんどりころげ落ちた。側頭部とマヒ側の腰、肘(ひじ)を強打した。

 

 床はクッションフロアー張りとは云え、その下はコンクリートだから衝撃は大きかった。なかなか起き上がれないでいると、目の前に赤い地に黒い斑紋の天道虫がやってきた。羽根をぱっと広げて、飛んで行ってはすぐ目の前に戻ってくる。床に横になりながら〝この寒い冬に、君はいったいどこから入って来たんだい?″などと話を交わしているうちに、天道虫(これまで私は転倒虫だとばかり思っていた)に何だか励まされているような気分になってきた。一瞬目の前から姿が消えた。

 

 床から起き上がって机の椅子にやっと腰かけ直したら机上に立てかけてあった岩波新書『ブッダが説いた幸せな生き方』の背に止まっていた。これを再読するように、とのことのようだ。それを伝え終えたら、固めの羽根をさっと広げてまたどこかに消えた。