2024年4月29日月曜日

 コラム371 <真心(まごころ)は何よりの見舞である> 


 形式に堕すというが、心無く、形ばかりの見舞であったなら、電話であれ、手紙であれ、直接の見舞であれ、それは余計なものだ。

 思いがあって、それが形を為すというのが本来であるけれど、器用な人間は思いがさほど無くとも、形をつくることができる。これは病に苦しんでいる人間にはかえって辛いことになる。


 だが思いが本物になる、と言葉で言うのは簡単だが、その場に及んで急に力んでも、その気になってもこればかりはかなわぬことだ。心だけでもいい、直接の関係でもいい、普段の関係の蓄積のみが、この本物を醸成する。

 

 哲学では精神、心理学では心、宗教学では魂というらしいが、愛情、優しさ、厳しさ等々、人間の内面にまつわる事柄が、身体化し、本物になるとは何とむずかしいことか。生涯をかけても何歩も前進できないもののように思う。

 私が脳出血に倒れて以来リハビリを重ねて約二年振りに本部に帰った時、あるスタッフは無言のうちに目に涙を滲ませながら迎えてくれた。25キロも痩(や)せたのだから、その風貌に涙したのかもしれないが、私にはそうは思われなかった。それぞれの思いで、これまで沢山の方々が見舞ってくれた。だが私の心に忘れ難く刻まれたのは、うっすらと滲ませた彼のあの涙であった。





2024年4月22日月曜日

 コラム370 <差別用語②> 


 「馬鹿」という言葉ひとつとっても、そのニュアンスの巾は広い。そもそも馬と鹿に失礼ではないか!などと言い始めたら収拾がつかなくなる。(因みに「馬鹿」は語源に諸説あってよく判らないが、愚かしいという意を含むインドサンスクリット語(moha)に始まり、やがて中国に仏教と共に伝わって「莫迦」と音写され、その後さらに日本に渡って馬鹿と音写(当て字)された、というのがだいたいのところらしい。だから馬や鹿に全く無関係。)

 

 だいぶ前になるが朝日新聞の記者が社内で配られた小型の手帳を見せてくれた、その中にこの差別用語と言い換え例が記されていた。明らかな差別用語ならともかく、これはおかしいよと思われることが散見された。例えば〝男らしい〟〝女らしい〟は共に差別用語。言い換え例として示されていたのが〝人間らしい〟であった。差別云々の前に日本語としてのニュアンスが全く違うではないか。男女差別を無くそうとの考えからなのだろうが、こういう類(たぐい)のことは頭で考えすぎると限りなくヘンなことが生じてくる。凛々(りり)しい女性がいて一向に構わないと思うが、私など逆に凛々しい男が少なくなったことを嘆かわしく思っている方である。〝「ハゲ天」という天ぷら屋には絶対に行かない。私の心が傷ついたから・・・〟などと言っていないで、ハゲのまま堂々と「ハゲ天」で天ぷらを食ってりゃいいじゃないか───その方が世の中、よっぽどおもしろいというものである。





2024年4月15日月曜日

 コラム369 <差別用語①> 


 昔は「認知症」などとは言わなかった。「耄碌(モーロク)」。今でも私にはこの方がリアリティがある。「惚(ぼ)ける」とも言った。「ぼけ老人」。こちらも差別用語の対象になったものやら最近はあまり聞かない。言葉使いには気を付けなければならないが、差別とは心の状態と相俟って言うのであって言葉そのものに差別があるのではない。


 しばしばおかしいと思う時があるこの差別用語。新聞社はもとより出版社もTV局も神経を尖(とが)らせる。この手の事柄に対して抗議するのを趣味にしているような人までいて、NHKなどには即抗議の電話がかかってくる、と聞いた。どこでどんな人達が集まって決めたことやら。そんなことを言っていたら「聖書」など差別用語だらけになるではないか。「仏典」だって同様だ。本音を聞くと、〝私も同感だよ〟と云う人も多いが、それでもお国の決めたことだからと従っている。おかしなことだ。







2024年4月8日月曜日

 コラム368 <すっかりモーロクしております> 


 昔は認知症などとスマートな言葉は使わなかった。耄碌(モーロク)。育ちの上品な人は、モーロクしても上品だ。こういう人と出会うと、かつて住まい塾で家を造った元男爵の家のことを想い出す。

 ここの奥様はある日私にこう言うのだ。


  〝ワタクシ、人間ってどうなっているのか判らなくなりましたわ。

   あんなに上品だったおとなりの奥様が、最近私と顔を合わせると

  〝このバ・カ!〟なんて言うんでございますのよ。〟


だから私は冗談まじりに言った。


  〝モーロクする前に一度言いたかったんじゃないですか?〟


 以来私は人生に無理は禁物と思い定めた。相手が上品だからおとなりさんはそうざあますか式にさぞかし気を使って暮らしてきたに違いない、と思われたからである。


 自分らしく、無手勝流に、丸腰で、これが一番。無理して生きていくとモーロクした時が怖いぞ。


 




2024年4月1日月曜日

 コラム367 <天道虫(てんとうむし)> 


 入院先の病室で、寝不足が祟(たた)って机に向かっているうちに椅子からもんどりころげ落ちた。側頭部とマヒ側の腰、肘(ひじ)を強打した。

 

 床はクッションフロアー張りとは云え、その下はコンクリートだから衝撃は大きかった。なかなか起き上がれないでいると、目の前に赤い地に黒い斑紋の天道虫がやってきた。羽根をぱっと広げて、飛んで行ってはすぐ目の前に戻ってくる。床に横になりながら〝この寒い冬に、君はいったいどこから入って来たんだい?″などと話を交わしているうちに、天道虫(これまで私は転倒虫だとばかり思っていた)に何だか励まされているような気分になってきた。一瞬目の前から姿が消えた。

 

 床から起き上がって机の椅子にやっと腰かけ直したら机上に立てかけてあった岩波新書『ブッダが説いた幸せな生き方』の背に止まっていた。これを再読するように、とのことのようだ。それを伝え終えたら、固めの羽根をさっと広げてまたどこかに消えた。