コラム355 <白井晟一の言葉① ── 建築表現の中で最も難しいのは何か?>
研究所に居た10年間のうち後半は、私は白井晟一の自宅「虚白庵」に付属するアトリエに移ったから、白井晟一や照子夫人と直接話す機会が自然に増えた。その中で想い出に残っているいくつかをここに記しておこうと思う。
ある日、リビングルームの大きなテーブルに座っていた時、白井晟一が私にこう聞かれた。
〝建築表現の中で最も難しいのは何だと思うか?〟
私はすぐに返答できなくて黙していたら
〝品だよ、品(品格と言われたかもしれない)〟
この言葉を私は生涯忘れない。確かに白井晟一と他の建築家達の設計との際立った違いは、この品格にあると思えたからである。
それは建築表現について語られたものだったが、人間だって人格、風格、風貌(ぼう)等さまざまに表現するが、その中で最も出にくく、努力しても出るものでないのは、品、品性、品格といったものである。なぜならそれらは一人の人間の中でさまざまな要素が総合されて浸み出てくるものだからである。その場に及んで力んで見ても、努力してみても、こればっかりは出せるものではない。
建築家なのだから美的感覚を磨くことも大事だが、品性となると、人間の精神を磨いてそれにふさわしい人間になる以外方法はないのである。品格のない人間が品格のある空間を生み出すなどということは絶対といっていい程無い、と私は思う。
以来白井晟一が言われた言葉の中で、これは最も忘れ難い言葉のひとつとなった。