コラム302 <人間の劣化 その①>
軍事用兵器開発と足並を揃える形での科学技術、歪んだ物質資本主義経済、延命医学は、たしかに発展したと言えるかもしれない。
その一方で人間そのものは、総体的に確実に悪くなっている。私が生きた戦後の昭和から平成、令和の今日に到るまで、人間は劣化し、人間としての質が格段に落ちた。
年の初めだから、もっと希望に充ちた話を書きたいところだが、私の心境はとてもそのようなことを書ける状態ではない。
こうした実感は日本人の多くが抱いている。特に私のまわりの縁ある人達は、まちがいなくこうした実感を共通して持っている。これはいったい何なのだろう。
福田和也氏が慶応大学の助教授になりたての36才の時に『なぜ日本人はかくも幼稚になったか』を著したのは1996年末。
あれからさらに急速な勢いで人間の質は低下し続けている、と私の眼には写る。ある面異様に発達した科学技術、いびつな資本主義経済社会の副反応という側面もあるだろう。その中でつくり出されたさらにいびつな人間。現代社会は人間の出来・不出来に無関心のまま、こうした異様な偏りを生み続けてきた。
人間であること、人間として成長するとはいかなることなのか、こうした問いをこの時代はまるで忘れ去ってしまったかのようだ。この世に生を受けた最も大きな意味がそこにある、というのにである。