2022年9月12日月曜日

 コラム286 <赤トンボ>

 

 ちあきなおみの歌に出てくるあの、〝♬新宿駅裏《紅トンボ》♪〟のことではない。こちらは標高1500~600メートルの山中の赤トンボのことである。以前は砂利道を車で走って行くと、夥(おびただ)しい数の赤トンボが一勢に飛び立ったのに、今は飛び立つ赤トンボもほとんどいない。むこうの《紅トンボ》も消えたが、こちらの赤トンボも消えた。


 雨上がりの満月の夜など、まるで月見でもするかのように沢山のカエルが森から道路に出て来て、車で踏みつぶさないよう回り道をして、山小屋まで帰ったものだった。だが今は、そんな光景に出会うこともない。

 山中ですらあちこちの水路が、何のためかU字溝に換えられてヤゴ(トンボの幼虫)やカエル、蛍の幼虫や、そのエサになる川蜷(かわにな)などが棲息できる環境がどんどん失われている。失わしめるのは人間と決まっている。カエルなども横切ろうとしてポトリと落ちたら、摑(つか)まる所が無いから一気に下流に流されていく。勿論産卵する所さえ無い。その先に待ち構えているのは大方農薬の水田だ。


 人工池ではあるが、標高1500メートルにある美濃戸池周辺には、つい15年程前までは蛍が飛び交っていたのに、今は全滅だ。この主たる原因はこの池にブルーギルを放った不届き者が居て、肉食系のこの魚の食欲と繁殖力はすさまじく、数年も経たぬうちに美濃戸池はブルーギルだらけとなり、在来種の魚も、蛍も、絶滅した。静かな池は一気にヘドロの沼と化した。これも人間の仕業(しわざ)である。





 下の方の原村では毎年夏になると蛍狩りが楽しめたというが、大型のU字溝に換えられてからビオトープが破壊され全滅したらしい。全滅させておいて、元のビオトープを甦(よみがえ)らせようと、また公共事業予算を申請する事例もあるという。公共事業という名のもとに自然破壊への巨額の無駄使いをいつまで続ける気なのか。管轄する省庁は今でいう経済産業省か?日本という国の将来へのしっかりとしたヴィジョンと見識を持って、公人たる政治家と役人は勤めを果たしてもらいたいものだと思う。

 人間は自然に対して何と愚かしい所業を、何の反省もないまま続けてきたことか。人間程他の生物から恨(うら)みを買っている生き物は無いだろう。自分らのことしか考えていないのだから・・・。


 天が罰を下すことはないと教える人もいるが、これまで自然に対して人間が積み重ねてきた所業を思うと、人間に対して天が罰を下すのも当然のことと思われる。結局は因果応報、自業自得の世界を人間自らが作り出してきたのである。