2022年7月11日月曜日

コラム277 <何を目標にすれば、地球を救う道が開けてくるか ─── その①>

       ── 日本での試み ──

 

〝地下水を全国どこでも飲めるものとすること〟


 これには大気汚染の問題も関係すれば、土壌汚染の問題も関係する。原因要素は、エネルギー生産にまつわる排ガスもあれば、農薬、さまざまの排水処理、及び自然環境の保全等、多種多様である。現代では原発関連の問題も根が深い。

 〝地下水を飲めるものとする〟という大目標を達成することができれば、現代が抱える大方の環境問題は解決に向かうのではないか ─── これは以前から私が思っていたことである。今日の文明社会では、そんな目標を掲げること自体無理なことよ、と言うだろうが、それを言っちゃあ おしまいよ。人間が汚しちまったんだから人間の手で元に戻すのは、この地球・大地への責任である。


 小学校3年の夏まで過ごした秋田県湯沢市の我が家は、駅に程近いところであったが、まだ手こぎポンプの井戸水であった。町名が平清水新町と言っていたところを見ると、清水が多いことと関係していたのかもしれない。

 町内の中心部には、誰でも自由に使える洗い場付きの、同じく手こぎポンプ式の掘抜き井戸があった。その向かいには町内唯一の小さな駄菓子屋兼雑貨屋があって、1円玉、今も変わらぬ穴あき5円玉、10円玉、……50銭玉を使った記憶も多少ある。井戸端会議という言葉にも実感があった。

 手こぎポンプの吐水口には、鉄粉を漉す木綿の袋がぶら下げられていた。町の中心部の井戸など、誰が定期的にこの袋を交換していたものやら、私は知らない。気を利かせて、自らやってくれていた人が、町内にいたのだろう。

 50年程前までは、日本のあちこちにこのような姿があったのである。今は大方水道となって、浄水場で浄化された水を飲む時代となった。いつの頃からか町方のほとんどは井戸を掘って汲み上げても、飲料水には適さない状態になってしまった。