古備前の手付菓子鉢を、その把手を摑(つか)んで箱からぐいと引き上げて取り出し、ある茶人に叱られた。この茶人とは故北澤建設会長の北澤一丸氏である。〝最近いい道具入りましたか〟などと時々楽しみ合っていたのである。
〝ハァ~、茶をやっている方とは思えませんねえ・・・・・!〟
いかに把手があっても把手を持つものではないらしい。大事に、粗相の無いように付け根付近に手を添えて、おもむろに引き出すのが茶人の心得だ、というのである。
この菓子鉢を山小屋に持ち込んで、しばらく出窓に飾っておいた。
ある日、近くの別荘に住んで親しいTさんがやってきた。このTさん、生まれも育ちも葛飾柴又で、葛飾柴又といえばあの寅さんで全国的に名を馳せたところである。柴又の仲間達が数人遊びに来るから連れてきていいか、と言うのである。
私はこんな小さな小屋にようこそ・・・・・などと上町言葉で迎え、今茶を入れますからごゆっくり・・・・・とリビングにお通し(といってもリビングしか部屋は無いのだけれど)した。
茶を入れて持っていって驚いた。足を組んで椅子に腰掛け、出窓に飾っておいたあの古備前の菓子鉢を運んでしっかり灰皿にしてしまっているではないか!私は一瞬寅さんの映画を観ているような気分になった。
不届き者!とも言えないし、こちらで、と私は座卓の方に茶をすすめた。そしたらこの寅さん、手付の菓子鉢ならぬ灰皿を把手を握ってぷらんぷらんとぶら下げて、そして座卓の上にゴツンと音を立てて置いた。
向かいに座った小料理屋(居酒屋だったかな?)の女将が、それを見てすかさず言った。
〝まあ、灰皿ひとつにまでこっているんですねえ・・・・・〟
齢(よわい)70にもなろうかというこの居酒屋の女性が、じっと私を見る。
そしてほろ酔いかげんになった頃、ポロリと言った。
〝アタシ、最初お会いした時ビックリしちゃった・・・・・
アタシの初恋の人と、そっくりなんですもの・・・・・〟