コラム400 <金の滴・銀の滴>
ある日雨上がりに太陽が西に傾きかけた頃、樹間から橙色の光が一筋差し込んできた。葉先に残っていた無数の滴(しずく)が、まるでダイヤモンドのように一斉に輝き始めた。その光景を眺めながら私はすぐに知里幸恵さんが遺した『アイヌ神謡集』のあの一節を思い浮かべた。
〝金の滴(しずく)降る降るまわりに・・・〟
それから二週間程経ったある日、太陽が雲間から出たり入ったりして青空と白い雲が空を分け会っていた時、私はデッキに出て椅子に座って空を眺めていた。上方には白樺の小さな葉が風にそよいで揺れていた。そのうち風が少し強くなり木の葉が銀色に輝きはじめ、風と共にすべての葉がさざ波のように一斉に、銀色の葉に変わった。その時もあの一節が思い浮かんだ。
〝銀の滴(しずく)降る降るまわりに・・・〟
アイヌ人が目にし、その感動を言葉に残して言い伝えてきた光景と、私は今同じものを見ているのだと、思った。写真に残したかったが、無念にも左腕が動かない。しかしあの輝きの残像は、しっかりと脳裡(のうり)に刻まれた。(8月上旬記す)