コラム326 <白井晟一の想い出 ⑥> ───明治気質と天才のおかしみ その1───
ある日居間に呼ばれた。
〝最近電気が暗いんだ、電圧が下がっているんじゃないか、東京電力を呼んで調べさせなさい〟
翌日東京電力の社員が三人見えて、目白通りに面した高い電柱に登って、上の方の黒い変圧器(かどうかは知らない)を計器をもって色々調べていた。調べ終えて白井晟一に言うには
〝どこも異常はありません。電圧も正常ですし・・・〟
これに白井晟一は
〝君ね、長いこと住んでいる私がここのところ暗いと言っているんだよ。それが異常ありませんとは何だ。異常が見つかりません、ということだろう?君達はそうやって色々計器などに頼って、特別のことが無ければ〝異常ありません〟だ。どこか他に原因は無いか・・・と思わんのかね〟
と御立腹だ。そう言われた東京電力はそれならさようならとも言えず、再び電柱高く登って調べていた。だが結果はやはり同じ。そりゃあそうだろう。同じことをやっているのだから・・・。
〝今日のところ異常は見つかりませんので、又、何かありましたら御連絡下さい〟
と言って帰った。
白井晟一が書斎に帰られてから、私は天井の大型シーリングライトを見上げていた。白井晟一はヘビースモーカーだったという話は前にもしたが、吸っているのはゲルべゾルテ(ドイツのものか、小田急ハルクにわざわざ買いに行ったことがあるのでよく覚えている)かピー缶こと缶入りのピース、葉巻を吸われていた時期もあるようだから、シーリングライトのガラスグローブが大分汚れている。私は〝ああ、これだな原因は・・・〟と直感し、はずして洗って取り付けし直した。
しばらくして白井晟一が帰ってきた。
〝おお、大分明るくなったなぁ〟
〝原因はシェードの汚れでした〟
〝あぁ、そうかそうか〟
そう言ったきり、この前の東京電力の人達には悪かったなあでもなく、それで終わりであった。