2022年8月1日月曜日

コラム280 <プッチンした野望>


 帝国時代や植民地時代じゃあるまいし、時代錯誤の野望がプッチンした。同朋と呼びながら、あんな理屈が、軍事の力を後ろ盾にまかり通るなら、類こそ違えども、我々が知る限りでの下記の先住民族たちの無念を、どう表現したらいいのだろうか。勝手な野望のもとには、そうした無念を察する人間の心など微塵も無いに違いない。


  • 日本の先住民族:アイヌ

  • 一夜にしてスペイン軍に滅ぼされたと言われるインカ帝国の先住民族:インディオ

  • インディアンと呼ばれたアメリカの先住民族

  • オーストラリアの先住民族:アボリジニ


 彼らと静かに共存できていたならば、どれ程多様で多彩な文明社会、文化社会、即ち人間社会ができていたことかと思う。


 近代文明から取り残されたかの如くに見られる彼らの精神の価値観の中には、近代文明に染まった我々が見つめ直さなければならないものが多く含まれている。それらは人間として失ってはならないものだった。

 私は以前、ある人との縁でアイヌの家族に招かれて、夕食を共にする機会があった。表立って表現することのない彼らの無念の思いが今も、胸の底深くに沈んでいることを思った。少々酒が入った頃だったと思うが、私が〝我々日本人は・・・〟と言った途端、長老がすかさず〝あなた方は倭人(わじん)だ。本当の日本人は我々だ〟と静かに言ったからである。


 プッチンと糸の切れた野望の主は、こんな無念の思いなどには全く、耳を貸さないに違いない。もうすでに人間の感覚を失ってしまっているからである。