2021年5月10日月曜日


コラム216 <古美術屋で>

 会社員風の中年の男がある古美術屋の前を通りかかった。店に入ってすぐの所に抹茶碗が置いてあった。店には耳の遠くなりかけた(本当かどうか知らない)バアさんが一人。
 〝これいくらするんですか?〟
 〝ハァ~?〟
 〝これいくらするんですか!?〟
このバアさんは〝ちょっとお待ちを……〟と言って奥に入って行き、店主らしき人に〝店先にある茶碗、いくらだったかねぇ?〟と聞いた。
 〝萩の茶碗かい?あれは30万円だ〟
という声が客にははっきり聞こえた。バアさんは客の所に戻ってきて
 〝それは10万円だそうです……〟とこたえた。
客はすかさず財布から10万円を取り出して支払いを済ませ、足早に立ち去って行ったという。 

 昔は古美術・骨董屋と銘木屋は値段をつけずに観る眼があるかどうかの試し合いをして、眼がなくて騙されても文句の言われる筋合いはなかったそうだから上記の出来事は店番のバアさんと奥のジイさんの見事な連携プレイの勝利であった。 

 騙されてはじめて鍛えられる鑑賞眼ということもあるから、欲を出さず程々に楽しんでいる分には愉快な世界なのだ。遊んでいるうちに次第、次第に観る眼が養われてくる。私は箱書きや作者の名などにとらわれず、自分が魅かれていいと感じたものだけを買ってきた。だから私の場合、騙されたかどうかさえ判らない。私には行きつけの古美術屋さんが四軒、他地方に行った時に時々立ち寄る店が数軒あったが、長いつき合いの内に色々教えてもらったし、さまざまのものに触れさせてもらった。人間関係も十分楽しませてもらった。長い間には向こうもこちらの好みが判るようになってくる。楽しい談義の想い出も沢山ある。皆、つき合ってくれてありがとう!ありがとう!ありがとう!