突然暖炉の前のコーヒーに一筋の西陽が差し込んだ。
一瞬、私はこの光景をまじまじと眺めた。
ゆらゆらと揺れながら立ち登る湯気と芳香―オレンジ色に輝く掌の肌・・・・・これまで幾度となく繰り返されてきた光景であろうに、発見しなかった自分を恥じた。
鈍欲、鈍感になった人間に発見されないままの美が、この世には限りなくある。
燃え上がる暖炉の炎
パチパチと爆(は)ぜる薪の音
じっと見つめていると、それはまるでマグマの中心のようだ。
日ごとに変わる沈む太陽の紅色・・・・・
天が与える恵みを、人間が欲望と引き替えに失い続けていく。
ウディショーの哀し気なラッパが響く。ヴィニシウス・カントゥアリアの哀愁の声・・・・・
ウディショーの哀し気なラッパが響く。ヴィニシウス・カントゥアリアの哀愁の声・・・・・
夕陽が差し込む窓辺で音楽を聴きながら本を読む。夕焼にページが染まる。私は本来の落ち着きを取り戻し、やがて夕陽と一体になる。この時間帯が私はとても好きだ。
だが夕刻の陽は刻々と沈んでゆく。落葉松と白樺の樹間にキラキラと輝き始める里の街灯り。
あの日から私は、ひとつのもの、ひとつの現象、ひとつの表情をよく見つめるようになった。一冊の本、一羽の小鳥、一粒の星の輝き、ひとつひとつの食材の命・・・・・。そして気づかされた。これまでいかに多くの美を見落としてきたかを・・・・・。
黄昏(たそがれ)時の静寂なる時間・・・・・。
西の空が焼け、陽が沈むまでの、対立も闘いも、不安も苛立ちも無い平和な時間。
暮れなずむ夕陽は格別に味わい深いものだ。南アルプスの稜線がくっきりと浮かび始める頃、ふと手元がこんなにも暗くなっていることに気づき、まだ本が読めていることが不思議に思われた。一番星が輝き、やがて幾百万の悲しみの痕跡ででもあるかのような星達が夜空を飾る。