2017年2月6日月曜日

コラム 75  冬のハエ君  

PART  

昨夜床に就く時、これまでしばしば見せたように仰向けにひっくり返っていた。朝までこのままなら、死んでいるだろう。
朝起きた時、案の定昨夜と同じ位置に、同じ格好で、そのままだった。指でつついてみると、床板の上で転がるばかりだ。到頭・・・・・。
だが、ここからまた奇跡が始まった。あれ?私の指にしがみつくではないか。しばし間を置いて指の上を歩き始めたのだ。生きている!まだ生きているよ!!
私は驚くと同時に、仰向けにひっくり返って死んだように動かなくなるのは眠るのだと確信するようになった。六本の脚(おそらく二本が手で、四本が足であろう)をバンザイするようにのびのびと広げて休んでいるのだ。死んだ時には脚を縮めてしまうから、明らかにそれとは違うのだ。 

ハエにこんな習性があるのだろうか?冬期生きのびる知恵なのだろうか。熊だってエサを食べずに冬眠して生き延びるのだ。ハエにそういうことがあっても不思議ではない。起こしてエサなどやるのは人間の浅知恵か―そう思われてきた。 

ハエの習性に詳しい人に教えてもらいたい。程々の室内でならハエは仰向けになってこうして眠りこけながら越冬するものか。程々といったがここは山小屋だから年中居る訳ではない。時に室温は外気と同じマイナス20度を超えることもある。そんなところででも生き延びられるものか。
しかし考えてみると、冬の寒さで全滅するなら春暖かくなった頃に出てくる訳がない。何らかの方法で生き延びている。そもそもこのハエ君はどこに居たのか。冬ともなれば毎日が厳しい寒さだからそんな中外から飛んできたとは考えられない。してみれば前回山小屋に滞在した12月初旬には、すでに棲息していたことになる。
あれからもう二ヶ月が経とうとしている。不思議なことだ。この室内で何らかの形で越冬していた、としか考えられない。それが暖房によって部屋が暖まり、様子が違ってノソノソと起き出してきた、そう考えればこの動きもピッタリだ。暖房しているとはいえ夜は寒く目覚めの端境期のような状況を呈して、だから起きたと思えば眠り、眠ったと思えば起こされていたく落ちつかぬ生活を強いられているのではないか・・・・・。いっそのこと寒い隅にでも置いてみようか――しかしここまできて、その勇気が出ない。ハエ君に人間心がかすむ。 

普通はひっくり返ったら必死に起きようとするのがハエである。
だが、このハエ君は一度ひっくり返ったら、そのまんまなのである。せいせいと6本の足を空中に向け開いて、微動だにせずスヤスヤと眠りにつくのである。
最初は起き上がれぬ程弱っているのだと思っていたが、これはどうもそうではない。それ以上の、それとは違う別の理由があるようなのだ。
そんなことがあるものか、と人は言うが、実際目の前に居るのである。