2015年9月5日土曜日


コラム 3 <三人の独り言>  

 八月初旬の夕暮時、私は中央線富士見駅のホームに立った。これから塩尻経由で大阪に向かうためだ。夏の落日はゆったりとしていて、西の空は都会では見ることが出来ない程美しい色に染まっていた。山から降りてくる風が心地いい。 

 若い娘が一人ホームにしゃがんで高らかに独り言を言っている。ケータイだ。
     “ヤベェよ、それは!・・・・・”
見ると開きかげんの股の間にペットボトルをはさんでいる。
 とまた、一人程近いところで独り言が始まった。30才にもなるだろう会社員風の男だ。あと一時間半程で着くから、またあとでメールする・・・・・などと言っている。ケータイの独り言はまわりが眼中に入らなくなるところが問題だ。そしてまた一人、中年の男だ。・・・・・ケータイ電話の合唱だ。暮れなずむパステル色の空は私の眼中から消えた。 

 沈み行く夕陽でもじっと眺めていればいいのに・・・・・ひんやりとした風が頬をかすめて吹き抜けてゆく。
 恵みがまわりに満ちているというのに、いまこの人達にとってはケータイの方が恵みなのだろう。
 汽車がやってきた。三人共じゃあね、と電話を切って乗り込んだのだが、ケータイから目が離れない。メールでも見ているのか・・・・・
 私は車窓からしだいにあかね色に染まり始めた西の山並をじっと眺めていた。