2024年5月20日月曜日

 コラム374 <戦争①> 


 世界の各国が軍備増強に舵(かじ)を切り始めた。全世界が軍備にかけている総額は、どれ位になるのだろうか。


 私は思う。それらの軍事費及び費やされる戦費が世界の平和のために使われたなら、世界はどれ程変わるだろうか、と。軍備は軍備を生み、軍拡は軍拡を生んで限りが無い。長い歴史が刻んできたこの事実に未(いま)だ気付かぬとは、人類とは途方もなく愚かなものだ。


 

 生きものの中で最も崇高な存在は人類だと考える人も多い。確かに歴史の節々にそのような人間を生み出してきたことは事実である。

 だが昨今の世界情勢を見ていると、とてもそんな風には思えぬことばかりだ。戦争に限ったことではない。人間犯罪の報道を見ていても、人間そのものが崩壊し始めていることさえ、私は感じる。日本人とて全く例外ではない。


 戦争報道を見ていると、最も崇高な存在どころか、最も残忍かつ残虐な存在こそが人類であるとさえ思われてくる。


 ブッダの非暴力・寛容の教え、マハトマガンジーの非暴力の実践

 

 〝怨(うら)みは怨みによって消えることはない〟


この真実をほとんどの人間が知っているはずなのに実践が伴わない。昔から仇討ちは正当なこととして拍手をおくる心情が現に我々の胸のうちに今も生きているではないか。