2023年12月11日月曜日

 コラム351 <出版文化の衰退①──よき本をもっと読みましょう>


 本の時代は過ぎ去りつつあります。日本の書物は昔は毛筆書きの和綴(わと)じであったし、同内容のものを手元に置くには所有している人から借りて、写本をするしかなかったのです。その苦労によって、身につくことも大きかったでしょうし、受けた影響も深かったに違いないのです。

 しかし大量に機械印刷され、本も安価に手に入り、気軽に読めるようになった分、得たものも大きかった代わりに、それ以上に失われたものもきっと深かったに違いないのです。そして今日、本が売れない時代となりました。多くの人が本を読まなくなったからです。必然多くの出版社が苦境に立たされています。出版文化の衰退は、人間精神の衰退に直結します。


 今多くの人が相手にする「Amazon」も巨大な本屋さんのひとつだという人もいますが、町場の大型書店とも違うし、本がこよなく好きで書店を始め、長い時をかけてやっと大きくなった大型書店とも性格を異にします。

 新刊本に限らず中古本・古書なども、だいたいが即検索できて、しかも家に居ながらにして数日内には届くというのですから、便利この上ないとも云えますが、こんなことで本当にいいのか、と私は思います。こうした便利によって足を掬(すく)われて失われたものも沢山あったことに、我々は気づいていません。

 これを流通改革の勝利などと呼んでいいものかどうか、他の世界と同様、地道に積み上げてきた町の本屋さんをどんどん駆逐(くちく)していく姿にITの勝利などと拍手を送る気持には私は到底なれません。小規模な町の本屋さんと市井(しせい)の人々との素朴なふれあいの寸断。私が40年近く親しくしてきた信州八ヶ岳山麓の本屋さんも、ついにこの三月で閉店に追い込まれました。さまざまに工夫し、努力してきた本屋さんだっただけに、私の思いは時代の流れというだけでは片付けられない憤りにも似た思いが入り混じって複雑です。


 古くから人間が人間として成長するのに果たしてきた大きな力は価値ある本にあったからです。それは人間と人間の出会いに近かったのです。よき本を読みましょう。価値ある本を読みましょう、そして人と人との出会いを大切にしましょう。そうした場を大切にしましょう。


 私の訴えはきわめてシンプルです。部屋に居ながらにして翌日には届くのがそれ程ありがたいことですか?そんなこと、どうってことないじゃありませんか。人と人との関係を大切にしながら、よき本をもっとじっくり読みましょう。