コラム 33 <人の道 その①>
今はインターネットで何でも買えるような時代になった。便利な時代になったものである。本も本屋さんに行かずとも、CDもレコード屋さんに行かずとも、中古品も品切・絶版品も、安いものを居ながらにさがすことができる。
私には決めていることがある。一例を挙げよう。小学館愛読者係(以下S社)から定期的にりっぱなパンフレットと共に書物等の案内が送られてくる。その中に欲しい本が見つかった時、いい情報をくれてありがとう・・・・・でも買うのはもっと安い別のルートで・・・・・とするかどうかという問題だ。品切や絶版ならば致し方ないが、見るところ今こういうことが平気な時代になっている。私にはこうした姿は人の道・節操の問題に見えてくる。
以前<The CD Club>というものがあった。会員には毎月、新譜や推薦盤の紹介、他さまざまな特集記事が組まれた冊子が送られてきて、なかなか楽しい内容のものだった。
この冊子製作には云うまでもなく労力と時間とお金がかかっているのだが、送られた方は〝いい情報をありがとうよ!〟とばかりに買うのは他のネット等で、という人が急激に増えていったようで、プログラムに少々手を加えてはクラブオリジナル企画盤などを出して対抗策を講じたが、こうした趨勢には勝てずまもなく幕を閉じた。
どうして経済的に成り立つのか、その仕組がよく判らないのが無料でダウンロード出来るあの世界だ。製作する方は売り上げも収入もがた落ちと聞くから、音源があるうちはいいがそのうちアホらしくて皆手を引いてしまうのではないか。手を引いてしまったら音源をつくる人がいなくなる。そうなるとこの世界はどういうことになるのだろう?
この仕組が判らないのは私ばかりではないようだ。尋ねても明確に答えられる人はほとんどいない。聴く方はそれでいいかもしれないが、製作する方はたまらない。余程好きでやっている人ならともかく〝これじゃあアホらしくてやっていられない〟とやるせない心境になるのはごく自然なことである。
秋田市内に後藤酒店という老舗の酒屋がある。自分の足と舌で確かめて普通にはなかなか手に入らない地酒にその評を添えて情報を送ってくれる。だがその情報がすぐにネットに流れて、後藤さん本人は苦境に立たされることになるらしい。酒蔵は売れればそれでいい、飲む人も安く買えればそれでいい、というのならともかく、何か見えないところで人間関係が、人の人たる道が崩れていく。
このように思うから、私はそこで案内されたものはそこで買うのを私の原則にしている。人のつながりだって楽しいではないか。人の関係もなしに、安けりゃいいってものでもない。
今回も戦さのことを考えている内に、だいぶ前のS社の案内に戦争の歴史に関する本があったな、と思い出して保存してあったパンフレットを捜し出した。『戦争の世界史大図鑑』――発行元は河出書房新社であるから小学館とは関係が無い(こんな連携事業をしないと、出版社はなかなか成り立ちにくい時代になっているのだろう)。5年も前の案内だ。もう扱っていないかもしれないと思いつつ電話を入れてみた。まだ入手可能だという。私はすぐにS社に注文した。
アホクサッ!という人があるかもしれない。もう中古市場にも出ているであろうし、もっと安く買えるルートだってあるだろう。しかし私はS社愛読者係が案内してくれたことでこの本を知ったのだ。相手が期待もしていない義理でもあろうが、相手がそのことを知って快く感じることは人の道に適っていると私は思うのである。