2016年3月7日月曜日


コラム 27 <滑落事故その②> ――「汗」と「居眠り」――  

 いつも眠い。仕事柄スケッチ中に眠くなることはさすがに少ないが、本を読んだり音楽を聴いたりしていると、すぐに居眠りが始まる。常日頃の寝不足が祟ってのことかと思うが、若い時分からこのようであったから、あるいは別に原因があるのかもしれない。 

 このところ春先のような天気が続き、凍結道路の表面がだいぶ融けたこともあって山道の氷割を思いついた。これは雪国に生まれ育った人間の春先の知恵である。タイヤがグリップできるようにツルハシで巾にして50センチ、ほぼ5メートルおきに計5ヶ所、帯状に土を出した。これで万一滑っても滑落するまでには至らないだろう。この作業に約2時間。土工のような仕事だから、ひとしきり汗をかいた。 

 
 このあと、不思議な経験が待っていた。体を使い、エネルギーを費やしているのだから余計眠くなってよさそうなものだが、小屋に帰ってシャワーを浴びて後は不思議にも冴え冴えとして、読書しても、音楽を聴いても一向に眠気が襲って来ないのだった。この時居眠りはきっと心と体のバランスが崩れているところに生じる現象なのではないか、と思った。適度に体を使って汗をかく――その方がかえって身体が生き生きしてくるというのに、そういう場が生活の中にいかに少なくなっているかにも気づかされたのである。 

 あの「滑落事故」と「居眠り」との間には何等関係が無いように思われる。しかし経験は不思議な縁を結ぶものだ。これまで土の偉大さ、有難さをこれ程感じさせられたことも無かった。何せ土は滑らないのだから・・・・・これらの気づきはすべて、滑落事故のおかげであった。