2019年11月4日月曜日


コラム137 <救急病棟から一般病棟へ>

一般病棟は階が上の方だったのだろう。窓から見えるのどかな田園風景が唯一のなぐさめとなった。遠くに木立が見え、その中にピンク色の桃の花が咲いていた。

畑の中に建っているから、風当たりも強い。個室であったが、天井の隅あたりを ブ~ンブ~ン と羽音とも風切り音ともつかぬ音がする。最初スズメ蜂でも入り込んでいるのではないかと思われたが、私は建築の仕事をしているから換気扇の羽根が強風にあおられて逆回転を起こしているのではないか―それが夜半ともなると病棟・病室が静かになる分、その音が気になって眠れない。
 看護士さんにその旨を訴えると〝この部屋に入った患者さんから時々そう言われるんですよ〟と言う。時々言われているのなら原因をつきとめて改善すればいいじゃないか!と思うが返ってきた言葉に驚いた。
〝建物がこうできているんですから仕方ないですよ!〟看護士の役割の範疇ではないことは重々承知しているが担当部署の方にお伝え願いたいといっても〝元々の設計がこうなっているんだから仕方ないですよ〟の一点張りであった。そんなにむずかしいことではない。こちらは身体も気力も萎えているから怒る元気もない。あの調子では、あれから一年半以上経った今もあのままだろう。
急性期病院の看護士さん達は本当に忙しい。救急患者が運ばれてくれば夜中でも呼び出される。多忙過ぎて気の毒にも思う。「忙」とは心を亡ぼすの意、それが多くてかつ過ぎるのだから、苛立つのも無理はない。病院体制の改革も勿論必要だろうが、それを職業に選んだプロなのだからとくに精神的にそれを乗り越える術を身につけて欲しいものだと思う。超多忙は病院とは病人のためにあることを忘れさせてしまう。ナースコールを何度押しても来ない。多忙が限界を超えて文字通り心を亡ぼしかけている人が多い。一人ではトイレに行けない、一人で行くことを禁じられている状態でナースコールを押してからやっと来てくれたのは、ある時は40分後であった。来ないから何度も押す。来た時には〝一度押せば判ります!〟と看護士も苛立っている。中には気の強い患者もいて〝何度押しても来ねえから何度も押すんじゃねえか‼〟とどなり返しているのもいた。〝おめえみてえなヤツは嫁のもらい手がいねえぞ!〟などと余計なことをいう患者までいた。悪循環である。
おむつをしているから大丈夫かといえば量の多い人は二重にパットをしていても間に合わない人もある。そういう人のことを裏方では大口さんと呼んでいることも知った。おむつがとれて尿ビンになる時期が来る。ある時いやにでかいものを持ってきたことがある。〝俺は馬じゃねえぞ!〟と笑い合ったこともあるが、今思えばあれは大口さん用だったのかもしれない。
「病気を経験しなければ病人の気持ちは分からない」とは真実のことだと思うが、専門医・看護士がすべてその病気になってみる訳にはいかないし、それでも改善できることは沢山あると思う。住宅の仕事も大変だが病院の仕事も大変だなあ、私などは同情半分の気持ちで見つめていた。