2020年1月27日月曜日


コラム149



         咀嚼せぬ 物知り顔は するまいぞ


      

2020年1月20日月曜日


コラム148<駅前広場の一羽の鳩よ>

パチクリと 
何のつらさも見せないで
片足立ちの 鳩の辛さよ

2020年1月13日月曜日


コラム147<都会の悲しみ>

ミミズクの大きな眼には写ったろう

都市の非情と
都会の悲しみ

 
どこから飛んできたものか、都内のあちらこちらで一羽のミミズクが目撃されていた。ミミズクはこんな大さわぎになるとは思わなかっただろうし、人間達の捕獲作戦に合おうとは夢にも思わなかったに違いない。
 数日後、このミミズクがやっと発見された。それも死んだ姿で……。
 都会のことだ。エサにありつけなかったのかと思ったが、そうではなくて、車にはねられたことが死因だったらしい。

 20代の頃に住んでいた高島平団地でのことが想い出された。駅前の広い道路を渡ろうとしてひかれたのであろう。一匹の犬がはじき飛ばされ、横たわったまま、後続の車に次々と ベシャッ、ベシャッ と音を立てながらひきつぶされていく姿を……。ごうごうたる車の流れの脇で、私は何もできずに呆然と立ちつくしていた。

 住まい塾の活動をスタートした数年後から、年の半分位を信州八ヶ岳での山中生活が始まった。山中ではたびたび鹿に遭遇する。特に多いのが霧の深い夜か、冬の雪道だ。ほとんどが510頭で群れている。道路にいる時もあれば、何頭も続いて横切っていく場合もある。車を停めて、窓を開け、〝車に気を付けるんだよ!〟などと声をかけても鹿はあまり人間をこわがらない性格のようで、かわいい顔でこちらを じーっと、見つめていたりする。

 ある日の夜、小淵沢のインターを出て、鉢巻道路に入った所で、車にはねられたのであろう、鹿がぐったり横たわっていた。咄嗟に数十年前の、あの犬のことが頭をよぎった。私は脇に車を停め、これ以上ひきつぶされないように、せいいっぱいの力で道路脇の草むらまで引きずり、横たえた。はねられて間もなかったのであろう。体はまだあたたかく、しなやかだった。そう大きな鹿ではなかったが思いの外、重かった。
 以来、冬の夜道では時速50キロ以下で走行するのを守り通している。鹿の群れを発見してもブレーキが間に合うように……。

 ミミズクさわぎで、過去の二つの事件が想い出されたのである。あのミミズクだって大さわぎせずに、飛びたいように、行きたい方に行かせておけば、今頃どこか気に入った森にでもおさまって生きていられたかもしれないのに……。
 現代は悲しい時代だ。

2020年1月6日月曜日


コラム146<住まい塾の念い>




住宅の仕事を通じて
癒しの空間を 日本人に届けたい。
安らぎの空間を、慰めの空間を 日本中の家族に届けたい。
この殺伐とした時代だからこそ、平和の一助となるように私は心からそう念う。




2019年12月30日月曜日



コラム145<一番のなぐさめ ②>

前コラムにも書いたジルボルト・テイラーは同著にこんなことも書いている。
〝病院の一番の責務は患者のエネルギーを吸い取らないことだとこの朝、教えられました。
この若い女性(病歴を調べるために朝早く、突然ばたばたと入ってきた医学生)は、まるでエネルギーの吸血鬼です。〟
〝その人の身になって情を通わすことが、いかにむずかしく、また安心につながるかも学びました。〟

ここまで読んで、私を担当してくれた2つの病院の二人の療法士のことを想い出しました。そして良い療法士とは本人にやる気を起こさせる療法士のことだと思いました。
前の病院で、ある日、迎えに来るまでの少しの間、車椅子から立ち上がって足に装具をつけ、杖をついて部屋の中を歩いていたら
〝誰が一人で歩いていいって言いましたか !!
とけんまくに近い言い方で怒られました。こちらはリハビリ前のウォーミングアップのようなつもりでしたが療法士さんにとっては万一転倒でもして、けがでもしたらどうするのですか!といった心境だったに違いなかったのですが、言い方を少しかえていたらその後はだいぶ違った関係になっていただろうと思います。
最後の病院の療法士さんは少しの危険は省みず、チャレンジ精神旺盛で、かつ ほめ上手でした。
〝いいね、いいね。でもくれぐれも注意深くね……〟
階段の登り降り練習でも最初は右・左とイチ・ニ、イチ・ニ、と一段ずつ確実に上っている最中に、こちらが面倒になって、右・左・右・左とイチ・ニ・サン・シーと片足一段ずつ登り始めたら
〝おぉ スゴイ、スゴイ!いいねぇ!〟
 こんな風にして一階から四階まで登ったことがありました。
勿論パーフェクトにはできませんでしたが、こんな具合に言われると、こちらもチャレンジ精神が湧くというか、元気をもらうのです。
〝こっちが勝手なことをするのですから転んでケガなどしても 絶対、病院の責任になどしませんから……〟 〝転ぶのも経験のうち!〟と宣言しておきました。
 安全を第一に考え過ぎる病院と、すこしチャレンジしていかないと、と考える療法士の在り方のバランスにはむずかしい面がありますが、私はチャレンジをして多少のケガをしたらこちらの責任とはっきり言ってやらせてもらいました。脇で見ていてそれはまだ無理ということはさせてくれませんし、こちらもする気がしないものです。いい療法士さんはちゃんと人を見ているのです。



 私の何よりも幸福だったことは心優しき人々に恵まれていたことでした。病に伏した時に特にこのことを感じるのであって、日常健康状態では悲しいかな、このことを我々は感じにくくなるのです。実はこれ以上貴いものはないというのに……。
 みんな、みんな、ありがとう!!
 病によって新しい人々とのつながりも増えました。
 ジルボルト・テイラーの文中のことばを最後に添えてしばらく続けた病牀日誌を終わりにします。

〝優しい思いやりこそ、お金で買えないものの筆頭でしょう〝

2019年12月23日月曜日


コラム144<一番のなぐさめ ①>

 人はしばしば他人を励ます。
病に伏している者、精神的に弱っている者、心に苦しみや悲しみを抱いている者等々、さまざまである。だが身体の、特に気の弱っている人には、この励ましが時に辛くなる。がんばって!、病は気からって言うでしょ!、決して諦めちゃダメよ!、絶対に治ると信じてがんばるのよ!……。
一生涯のうちで人は他人をどれだけ励ますことだろう。この励ましで勇気と元気を与えられる人も多いだろう。
ジルボルト・テイラー(ハーバード大学で脳神経科学の専門家として活躍していた彼女は37才のある日、脳卒中に襲われる。幸い一命を取りとめたが、脳の機能は著しく損傷、言語中枢や運動感覚にも大きな影響が……。以後8年に及ぶリハビリを経て復活)は著書『奇跡の脳』の中で、このように記している。
〝彼ら(見舞いに来てくれた同僚達)の親切心が本当に嬉しかった。二人(母と自分)とも動揺していたようですが、私にプラスのエネルギーを与えてくれ、そしてこう言ってくれたのです。〟
〝「君はジルなんだからきっと治るに決まっている」って。完全に回復するというこの確信はお金には換えられないものでした。〟(P.125)

こういう人がいる一方で、私もそうした経験者の一人だと思うが、リハビリ以外、大して疲れるようなことをしている訳でもないのに、すでに身体内が頑張ってしまっていて、気力と体力の芯がグッタリ疲れている者もいる。そういう人には他人からの励ましがかえって重荷にさえなる。もうすでに限界に近い程がんばっているところに〝がんばって!〟と追いうちをかけられると、いかにこちらのことを思っての言葉だとは判っていても、さらに重荷となり、苛立ちの元となったりする。言われた分、判っている分、こちらの身体が思うように動かないからである。うつ病の人にがんばって!とは言わないように言われる理由が、今回はじめて理解できたような気がした。がんばって!と言われる前に他人にはそうは見えないだけで本人の脳はすでに相当がんばってしまっているのだ。
身体の弱っている人間には前から手を引いたり、うしろから背を押したりするよりも ただただ そばで自然体で寄り添っていてくれることが、どんなにかなぐさめとなり、静かな励ましとなることだろう。こんな風に感じられるようになったのも、この病のおかげである。さまざまな場面における人への接し方はむずかしいが、他人を励ましたり、元気づけようとする時、これからの私は、以前の私とは確実に違ってくるだろうと思う。励ましよりも、時に必要なのは、はるかになぐさめだと思われるからである。それもやっぱり本心の優しさなしには滲み出ぬものであり、これもやっぱり、4つの心(コラム143)のうちの最後、「底」の問題に行きつくのだろう。

2019年12月16日月曜日


コラム143 <人の心に4つあり>

 大分前のことであるが、あるTV番組で古い野仏だったかに刻まれていた言葉で、以来忘れられない言葉となった。
 そこには
   〝人の心に4つあり 裏と表と陰と底〟 
とあった。

あるいはひらがなだけであったかもしれない。
あの世に持っていけるものは心だけだと言われる。地位・財産・名誉・権威・権力……勿論お金などいくらあっても持っていけないぞ。そんなものに執着していたら荷が重過ぎて昇天できない原理なのだろう。

どんな人が、どんな思いで刻んだものだろう。あの世に持っていけるものは心だけ。その心の中でも美しい心根・やさしい心根 即ち上の4つでいえば心の底の部分に当たるところだけではないのか……私は最近そう思うようになった。
脳卒中ばかりでなく病に伏すと人は人の心のありように鋭敏となる。

美しい心根は平和の元()
死ぬまでの人生をかけて、そんな人間になりたいものだ。