コラム394 <見川鯛山作『医者ともあろうものが』>
学生時代、見川鯛山氏作の『医者ともあろうものが』を読みながら笑いが止まらなくなり、途中で電車から飛び出したことがある。そのあともNHKのテレビ番組で森繁久彌氏による朗読がなされた。これがまた相性がぴったりで、後に世界文化社から録音テープが発売された。まわりの録音エンジニア達も笑いを抑えきれなかったらしく、その様子さえ録音されている。自然描写の見事さといい、人生のおかしみの表現の巧みさといい、これ以来、私にとって忘れられない一冊になった。
それから15年程経って、私は住まい塾運動をスタートした。ある日、中年の女性が本部を訪ねて来られた。出身は那須高原の湯元温泉だという。見川鯛山氏も那須湯元温泉で開業医をしていたはずだから、私はすかさず聞いた。
〝湯元温泉には面白い作家のお医者さんがいるでしょう?見川鯛山さんという・・・〟
その女性は即座に答えた。
〝います、います、ヘンな人がね・・・それ、私の父です〟
さすがに私もびっくりした。縁というのは不思議なものだ。以来、見川氏の長女家族と次女家族の二軒の家を住まい塾で設計することになった。
当然見川鯛山氏にも幾度かお会いする機会に恵まれた。だいぶ古民家が御好きなようで、設計着手前から大きな蔵戸や、もらい受ける古民家が決まっていて、実測に伺ったり、この大戸をどこに有効に使おうかと頭をひねったりして想い出深い、楽しい仕事となった。
本の内容から想像する作家像とは大分違って、本人はいたってまじめで実直かつ几帳面な方なのだろう。10冊程の自作の著書すべてにきっちりとサインして私に下さった。
今もどこかの文庫に収まっているかもしれないし(一時期はたしか集英社文庫に収められていた)新本が手に入らなかったらぜひ中古本でも探して読まれるといい。この暗い時代にユーモアたっぷりの平和な傑作集を遺(のこ)してくれて、見川先生、ありがとう!と今でも思っている。