2023年12月25日月曜日

 コラム353 <愚痴を零(こぼ)すまい>


 愚痴を快く聞く者はいない。自分のことでも、他人のことでも。個人、夫婦、家庭、仕事場、心優しい人間の集団であるはずの病院や介護の世界においてすら、そうである。ゴータマブッダが人間の三毒とされた貪(トン)・瞋(ジン)・癡(チ)については以前記したが、愚痴はこの三つ(貪欲/怒り・憎しみ/無明)に跨(また)がって発生するものである。だから快く響かないのは尤(もっと)もなことである。いかなる場合でも愚癡は快く響かない。それはなぜかというと人間の心の幸せと逆行するからである。心して愚癡を言葉にするまい。言葉となる前にすでに心の中で愚癡の渦が立っているからである。